満月の夕

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満月の夕

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2019/01/18 満月の夕

おばんです。

日付けも変わり

薄っすらお月さまも

覗く午前1時。

皆様如何お過ごしでしょうか。

昨日は1月17

阪神淡路大震災発生から

24年が経ちました。

今年も目覚ましをかけ

午前5時半過ぎ

ぼーっと椅子に腰をかけ

テレビに映る東遊園地を

眺めておりました

私の地元は淡路島で、当時9歳。

両親と姉が2人と私、

寝室で就寝しておりました。

午前5時46分。

突然 身体が跳ねるような衝撃や、

部屋中のガラスが割れる音、

両親の安否を確認する声、

痛いくらいに握られた手。

何が起こったのかも理解できず

只々怖くて

言葉が出ない、

出せない状況でした。

みんなで家の外へ出て、

崩れた外壁や屋根を見て

地震が起こったんだと

理解しました。

幸いにも別の部屋で

就寝していた祖父母も

怪我なく無事でした。

正直そこからしばらく記憶が

曖昧というか

あまり思い出せないのですが、

3〜4日でライフラインも

復旧していたと思います。

テレビでは炎や煙の立ち昇る

長田や須磨、垂水の街が

映し出され

粘土細工のように横たわる

阪神高速。

同じ町内で定食屋を営んでいた

母方の祖父母は

町役場に避難していたので

会うために車で向かう途中、

空には何機ものヘリコプター。

2人とも無事でしたが、

店舗兼家は半壊。

寂しい、

悲しい、

悔しい、

人と会うたびに

無事を喜ぶ気持ちや

安心を感じるが、

すぐに不安が押し寄せる。

子供ながらに

しばらくはそんな状態が

続きました。

寝ても地震の夢を見たり

起きても耳に入ってくるのは

地震の話。

そうなるのは無理も無いのですが

やはりしんどかったです

しかし

日に日に感じる

ボランティアの方々の支援

炊き出しや、

暖かい毛布やアウター

子供の遊び相手になってくれたり

お年寄りの方の話し相手になったり救援活動、物資の援助に

本当に助けて頂きました。

当時自分は子供で

力も知識も無く、

困っている方々の為に

何も出来ませんでした。

今なら何が出来るのだろうかと

考える事があります

新潟や東北地方

熊本に北海道、西日本豪雨

直接被災地に行き

支援も出来たはず、、

でも行けませんでした。

それでも何か出来る事をと

ネットで探して物資集めの

ボランティアに参加させて

頂きました

もちろん直接被災地に行き

ボランティアに参加する事が

出来れば良いのですが

ちょっとした募金や

物資を集める手伝いに

参加したり

出来る事はいくらでも

あると思います。

復興するのには色んな力が

必要になります

少しの行動、微力かもしれない。

偽善だ何たらどうでもいい。

少しでも自分の経験が活かせるのなら行動していきたい。

今日も笑って過ごせる日に

感謝しつつ

防災と、起こってしまった際

何が出来るのか

これからもしっかりと考えていこうと思います。

八彩 新野

 

 

 

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